室内で回るプロペラは、屋外より親密だ。壁が近い。天井が低い。足音が映像に混ざる。cinewhoopのような、ダクトに守られた姿は、たしかに「やさしく」見える。
けれど見た目のやさしさと、現場の了解は別物だ。小さくても、人は驚く。物は動く。絵の前に関係がある。
屋内と、その外側
国交省の解釈では、建物内など屋内の飛行について、航空法上の無人航空機に係る各規制は適用されない、とされている。屋内と見なす例として、開口部はあっても内外が明確に区別された空間(トンネル、地下道、窓や扉の開いた建物など)、機体より目の細かいネット等で囲まれ逸脱しない空間、開口部付近の低高度浮上から直ちに内部へ入る場合——などが示される。逸脱したら直ちに終了するか屋内へ引き返す。屋外の許可なく屋外を飛べば、違反の可能性が残る。
ここで大事なのは、次の一文だ。航空法が不要だから、何も不要、ではない。施設管理者の許可、施設ルール、条例、電波法、民事上の安全への配慮は、案件ごとに残る。半屋外を一律に断定することもできない。飛ばす前に最新のルールを確認し、その場所の了解を取る。条文の暗記より、関係の静けさの方が先にある。
安全そうに見えても
プロペラガードは安心材料だ。それでも速度と質量は残る。吊り物、ガラス、人の顔の高さ——室内の障害は突然近い。経路を短くし、ホバリングの位置を先に決める。観客がいるなら、見せる前に止める選択肢を持つ。電波も、壁の向こうで混むことがある。屋内でも、人・物・電波は別問題だ。
親密さの様式
室内FPVの魅力は距離の近さにある。床の質感、梁の影、人のいない時間帯の静けさ。派手なアクロより、空間にそっと入っていく態度の方が、あとで効く。制約が様式になる——屋内はその典型だ。了解を取った部屋で、短く、静かに。着陸してバッテリーを外すと、残るのはプロペラの温もりと、許可された時間の感触だけだ。
小さくて安全そうに見えても、先にあるのは人だ。その順番を守った飛行は、決定的でなくても、忘れがたい。管理者の了解を得た部屋の空気は、ゴーグルの映像より先に覚えている。法律の外側に残る配慮こそが、室内の様式になる。
